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今回は3つめの会場、末広温泉公民館の展示をご紹介します。

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末広温泉公民館はその名の通り、温泉と公民館が一体となった別府独特の施設です。
1階の温泉には、手桶を片手にひっきりなしに地元の方が訪れます。

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2階の公民館に、本郷毅史さんの写真作品「水源域・福島」を展示しています。

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本郷さんは全国各地の川を遡り、水源域を撮影しておられます。
2014年から当プロジェクトに参加いただき、福島を代表する川・阿武隈川などの水源域を撮影してこられました。
生命の源である水。その生まれいずる場所。
本郷さんはその場所をみつめ、静かにとらえます。

東日本大震災で多くの方が亡くなった海。
めぐりめぐって、その海と水源域はつながっている。
福島で水源域を撮影した時、そのつながり、重みを強烈に感じたと本郷さんはおっしゃいます。
本郷さんの作品は、命そのものである清冽な水に捧げられた祈りのようです。

温泉が湧く町、別府。
地中の熱の力、水の流れを感じるこの町で、本郷さんの作品を展示することができ、とても嬉しく思っています。

末広温泉の浴場には、別府を拠点に制作されている画家の大平由香理さんの壁画が描かれています。
水の本郷さんに対して、大平さんの絵には山のもつエネルギーがあふれています。
展示観覧の後には、ぜひ温泉に入り、山水あわせてご覧いただければと思います。

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本郷さんと大平さんによるトークイベント「旅と別府とアーティスト」の様子は、
またおってご報告いたします。

アートで伝える考える福島の今、未来 in BEPPU
二つ目の会場をご紹介します。

昭和3年に建築されたという別府市公会堂では、2・3階のロビーで、
華道家の片桐功敦さんの作品「Sacrifice」を展示しています。
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片桐さんは2013・2014年に南相馬市に滞在し、津波被災地を巡り、死者へ手向ける花を活けました。
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もう一つのシリーズは、南相馬市博物館の協力を得て、土地の歴史を物語る縄文土器や弥生土器に象徴的な花を活けたもの。
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津波によって生命をふきかえし今また失われつつある水葵、放射線量を下げるのに効果があるとされ一時期大量に植えられた向日葵、試験栽培の稲。。。

これらの花々はどれも痛み/悼みと哀しみとをたたえながら静かに咲いています。
公会堂の美しい建物とともに、じっくりご覧いただきたい作品です。

11月3日(金・祝)から、「アートで伝える考える福島の今、未来 in BEPPU」が始まりました。
別府市内の4会場での展示やトークイベントについて、ご報告していきたいと思います。

まずは、会場の一つであるplatform05。
レンタルスタジオplatform05は、築100年を超えるという長屋。
とても趣のある佇まいです。

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ここでは、岡部昌生さん、土田ヒロミさん、岩根愛さん、片桐功敦さん、赤間政昭さんの作品、
いいたてミュージアムから3点を展示しています。

岡部昌生「被曝し続ける樹」
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土田ヒロミ「願う者は叶えられるか」
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岩根愛「Island in my mind,Futaba」
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片桐功敦「Sacrifice」
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赤間政昭「ふるさとなみえ科8人の二学期」
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いいたてミュージアム
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オープンから2日目。
訪れてくださった方は決して多くはありませんでしたが、それぞれに展示を受け止めていただいたように思います。
震災当時、ボランティアとして福島や宮城・岩手に行かれたという方、
いわき市のご出身で、今は別府で働かれている方、
美大で木工を専攻されている学生の方、
別府でアートプロジェクトの運営に携わっている方。

アート作品だからこそ、それぞれの受け取り方があり、開かれていることによって伝わることがある。
触れることによって生まれる岡部さんの作品。そこから感じられる、「存在」の根源のような何か。
別府という町で、福島をアートという形で伝えることの意味や、その可能性について。

とても静かな家屋の中で、作品を前に福島とアートのことについてぽつぽつと語ること、その空気はとても大切なもののように思えました。

別府は、日常と非日常が入り交じる町。
何かを負っている人が、一端まっさらになって、何者でもないものとしていることが許される町。
ふらっと訪れた者がいつき、また去っていくことを受けいれてくれる町。
人と人との境界が曖昧でありつつ、距離感を保ってくれる町。
みなさんとお話ししていて、別府とはそういう町なのだと感じました。
だからこそ、アートと親和性が高いのかもしれません。

別府で成果展を開催することは、一つのチャレンジでもありました。
この町で、みなさんとこうした時間が持てたことは、たとえ一つ一つは小さなことであっても、これからの手掛かりになるように思います。

ちなみに、2日目の最初のお客様はこちらでした。
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今回の成果展は、現在別府で開催されているベップ・アート・マンス2017の参加企画として行われています。
アート・マンスを運営されているNPO法人BEPPU PROJECTさんや、別府市在住の画家・大平由香理さんに、様々にサポートしていただき開催することができました。
別府のみなさまに、感謝の気持ちでいっぱいです。

他の会場についても、次々とご報告してまいります。
ご一読いただければ幸いです。

郡山市で開催中の成果展、トークイベント3本立ての最後は、
9月18日(月・祝)、華道家の片桐功敦さん、ラッパーの狐火さんをお招きしての「被災地のあなたへ―今、郡山で話す福島」です。

会場となった安積歴史博物館は旧福島尋常中学校として明治17年に創立された建物。
とてもよい雰囲気の中、トークは展示中の片桐さんの作品の前で行われました。

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片桐さんは、2013・2014年に、南相馬市に滞在しながら、津波被災地で死者に手向ける花を活けてこられました。
その頃のひりひりした感情、怒り、哀しみについてお話しいただきました。

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狐火さんは、福島出身のラッパー。
震災当時、東京におられ、福島の家族と音信不通だった3日間に考え続けた、
大切な人がいなくなってしまうかもれしない恐怖、それを引き起こした震災・原発事故について言葉にし音にのせ配信したことをきっかけに、以後、福島を伝える言葉と音楽を発信し続けています。

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表現手段は異なりますが、どこか響き合うお二人。
今年は東京と広島で、お二人のトーク、パフォーマンスとライブを行っています。そして今回へと続きました。
花と言葉を武器に東京へのりこんだこと、8月の広島で深い共感を得たことについてお聞きしました。
そこに如実に見えるのは、都市間の温度差です。
深い傷を負い、それを伝え続けてきた広島。それ故にこそ、伝える方法に限界を見いだし、また新たな方向を模索している広島。
福島はどのような未来を描くのでしょうか。

最後は狐火さんのライブ。
片桐さんが花を活ける映像に、狐火さんの言葉が重ねられます。

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振り絞られるような、締め付けられるような言葉の数々に、聞く者はただそこに立ち尽くし、打たれます。
原爆ドームが広島の記憶を伝えるモニュメントとなったように、
片桐さんの花が、狐火さんの言葉が、このひりひりした感覚とともに伝わっていく。
それを受け取る心をなくしてはいけない。

会場からは、千年先にこのことを伝えなければならない、そしてそれはできる、という力強い言葉をいただきました。

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また、今回の会場には、片桐さんが私たちと結びつけてくださった方、狐火さんの存在を私たちに伝えてくださった方の姿が。
その出会いが次の出会いを生んでいく。
小さい声かもしれませんが、その声がまた誰かに届くことを願って、プロジェクトは続きます。

9月17日(日)、成果展が行われている郡山女子大学で、ワークショップとトークイベントを開催しました。

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今回の成果展では、会場となる郡山女子大学様との協働が様々な形で実現されました。
その一つが、中山晴奈さんをお招きしての、福島の多様な食文化に関するワークショップとトークイベントです。

郡山女子大学には、福島県内の食文化を伝える食具のコレクションがあります。
夏頃、それらを整理し、どのように活用するかを学生さんたちと一緒に考えるところからスタートしました。
成果展では、食具の一部を中山さんアレンジで展示しました。

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その器たちは、どのような場面で使われ、どのような料理が盛りつけられたのか。
それを体験するワークショップが行われました。

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きのこごはん、八杯汁、切り昆布煮、カレイの煮付けが本日の献立。
3班に分かれて、それぞれ同じ献立を作ります。
八杯汁はお盆や法事などで作られる汁物。名前の由来は8人分だとか、美味しくて8杯食べられるからだとか、様々です。全ての具材を細切りにするのが特徴で、お豆腐も拍子切りにします。
面白いことに、福島以外にも各地にあるのですが、それぞれ自分の所にしかないと思っているらしいということを、中山さんから教わりました。
切り昆布は、浜通りで加工されていますが、主に食されているのは中通りです。原材料は北海道からもたらされ、すばやく美味しく食べられるように絶妙にブレンドされているとのこと。
食には流通の面白さや、技術の妙が凝縮されています。

今回のワークショップで、中山さんは調味料の量を指定しませんでした。中山さんのお話と、これまでの経験から、それぞれの班で味付けをします。
想像力が試されます。
これには郡山女子大学の食物栄養学科の先生も「面白い!」と、興味津々です。

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できあがったものは、3班でそれぞれ見事に違うものになりました。
具材の切り方が大きいもの、小さいもの、汁気が多いもの、少ないもの。
提示された材料から、何を想像し、何を実現するか。とても面白い実験となりました。

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カレイの煮付け担当は、考古学がご専門の會田先生。
エプロン姿が異常に似合います。
とてもきめ細やかに、煮付けを仕上げていただきました。

こうした料理の他に、「せっかく女子大なのだから」ということで、中山さん考案のスイーツが作られました。
テーマは、山・海・石・苗・空。
素材は色々。それを盛りつけて名前を付けることで、ココアケーキが土になり、寒天が海になります。
「見立て」という想像力の力が、そこにはあります。

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さて、いよいよお待ちかねの実食です。
博物館からお持ちした様々な漆器を、学生のみなさんに自分で選らんでもらい、そこに盛りつけてもらいました。
「わあーきれい!」「凄い!!触っていいんですか?」と楽しそうに器を選んでいただきました。

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普段、本物の漆の器で食べることは少なくなってきていますが、このワークショップで漆器のお膳で食べる晴れやかさを体験してもらえたのではないでしょうか。

調理の合間には、思い出の食事についてみなさんにお聞きしました。

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ほのぼのしたものから、強烈なものまで、みなさんの食体験は様々です。
食は鮮明な記憶となります。その味や香りによって、記憶がふっとよみがえります。
その時、そこには誰がいたのか、どんな場面だったか、どんな気持ちだったか。
みなさん、とても楽しそうに語っていただきました。これが食の力なのだと、改めて感じた瞬間でした。

ワークショップの後は、民俗学者の野澤先生と中山さんのトークです。

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はま・なか・あいづ、それぞれの土地に根ざした食文化についてお話しいただきました。
それぞれの土地の季候や風土によって、いかに食は多様であることか。
スーパーやコンビニに行けば、全国で同じ食べ物が手に入りますが、そのことによって見失わされているものがあるのではないか。
思い出の食事に見られるように、その記憶は実に私的であり、かつその時一緒にいた人との共有体験でもあります。
地域の伝統食であれば、それはその地域の共通の体験であり、かつそこに生きた人の個別の体験でもあります。

食という最も身近な、身体的な体験だからこそ、そこにはその土地々々の根のようなものが感じられます。
私たちの体を育み、生かす食。
共同体を育む食。
多様な食のあり方が、文化そのものであると感じたトークイベントでした。

9月9日(土)、郡山女子大学で
トークイベント+標葉せんだん太鼓公演「文化でつなぐふるさと」を開催しました。

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講師は本プロジェクト参加作家の岩根愛さんと、
岩根さんが取材を続けている双葉町の盆太鼓奏者、横山久勝さんと今泉春雄さん。

まずは、岩根さんから、ご自身のこれまでの活動についてご紹介いただきました。
ハワイの日系人文化を取材してこられたこと、その中で出会った360°撮影できるパノラマカメラのこと。
ハワイでは日本の移民が伝えた盆踊りが、ボンダンスとして進化し盛んに行われていること。
そこで唄われる盆唄は福島にルーツを持つこと、それに導かれるように福島を取材し始めたこと。。。
震災後に、ハワイによる福島復興支援の中で、避難している福島の学生をハワイに招くという事業がありました。
所在なげにしていた女子高生が、ボンダンスの音色を聞いて、「あ、これ知ってる。福島の盆踊りだ!」と盆踊りに加わって踊り出したことに、岩根さんは衝撃を受けたと言います。
体の中にしまわれているふるさとの音。
その音が揺り動かす何か。
それを探し、ハワイと福島の太鼓による交流を受け持つ中で、
双葉町の盆踊りを伝え残そうと活動されている横山さん、今泉さんに出会われたそうです。

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双葉町は東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故により、帰還困難区域となりました。

民謡の宝庫とされる福島浜通り地方にあって、双葉町も数百年の歴史を持つという双葉盆唄を伝えてきました。
毎年、各地区で盆踊りが催され、「やぐらの競演」という各地区の盆唄・太鼓・笛の競演も行われていたそうです。
その中で横山さん・今泉さんは、双葉の新しい伝統を作ろうと、標葉せんだん太鼓保存会という創作太鼓の会も結成し、盛んに活動していました。

震災後、町民は離ればなれに暮らすことになり、双葉町の盆踊りは存続の危機を迎えることになります。
その中で、横山さん・今泉さんと岩根さんとの出会いが、ハワイに双葉盆唄を伝えるプロジェクトとして始動しました。
当初、ハワイのボンダンスを見て、福島の盆踊りがかくも変化し、しかも盛大に催されているいることにショックを受けたというお二人。
ですが、双葉盆唄をハワイに預け、いつか双葉町に帰る日に、また返してもらうことに託したのだと言います。
日本からハワイに渡った人たちが、遠いふるさとの記憶として大切に伝えてきた盆踊り。
ハワイ風に変化しながらも、そこにはふるさとへの思いが息づいています。
盆踊りは先祖を迎え送る踊り。
自分の中に、土地の中に、流れる血を感じ、継承する踊り。
双葉町を離れて暮らす方々にとって双葉の盆踊りはかけがえのないものなのだと、そこになくてはならないものなのだと、お二人から教えられました。

今年、いわき市にある仮設住宅で復活した「やぐらの共演」で拝見した(競演から共演になりました)、
お二人の様子、双葉町のみなさんの様子が、何よりもそれを物語っています。

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お二人は、岩根さんと出会ったことで明るくなったと言います。
ハワイのボンダンスを知り、その力強さに双葉町の未来を思われたのでしょうか。

「ふるさと」とは何でしょうか。
横山さんは、そこに吹く風であり、そこに寄せる波であり、空気であり、風景であり、音だとおっしゃいました。
盆踊りの音は、そこになくてはならないものなのだと、おっしゃいました。

いつかそこに帰る日に、その風が、その音が響いていますように。

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最後は標葉せんだん太鼓保存会のみなさんの迫力の演奏で締めくくられました。

岩根さん、横山さん、今泉さん
標葉せんだん太鼓保存会のみなさん
ご来場のみなさま
そして、サポートしてくださった郡山女子大学のみなさま
ありがとうございました。

9月6日(水)より、今年度第1回目の成果展が郡山女子大学で始まります。
本日4日(月)は、展示作業でした。
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展示会場は郡山女子大学建学記念講堂展示ロビー。
展示作業には、郡山女子大学の先生方、学生さんたちが参加してくださいました。
展示物の並び順や、展示方法など、一緒に考えてもらいました。
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事前に会場を下見し、展示プランを考えていくものの、やはりやってみないとわからないことも。。。
その場の判断で方針が揺らぐ中、みなさん、一生懸命、展示作業に携わっていただきました。本当にありがとうございました。

今日の展示作業には、参加作家の中山晴奈さんもいらしてくださいました。
はま・なか・あいづの食文化の多様さを、映像作品と郡山女子大学所蔵の食具の展示で表現していただきました。
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本プロジェクト実行委員会委員の、はじまりの美術館・岡部館長も展示作業に!
心強い味方です。
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大概、いつもぎりぎりの展示作業。
今回は郡山女子大学のみなさま、はじまりの美術館・岡部館長、頼りの日通さんによって、無事6日のオープンにこぎつけそうです。
みなさま、本当にありがとうございました。
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8月12日(土)いわき市南台の仮設住宅で、双葉町のみなさんによって「夢ふたば人仮設盆踊り」が開催されました。
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ハワイの日系移民の歴史や文化を取材されてきた、写真家の岩根愛さん。
福島県はハワイへの移民が多かった県の一つ。福島の盆踊りが伝えられ、ハワイでは盆ダンスとして定着しています。
岩根さんは現在、数百年の歴史を持つとされる双葉盆唄をハワイに伝える取り組みを追いかけています。

双葉町の盆踊り。
東京電力福島第一原子力発電所の事故により、帰還困難区域となった双葉町。
毎年盛大に行われていた盆踊りもなくなり、盆唄は存続の危機に瀕しましたが、
双葉町を離れて暮らす太鼓、笛、唄、踊りの名手たちが集い、いわき市の仮設住
宅で盆踊りを復活させました。
今年は6回目の開催となります。

お昼には会場のセッティングがなされ、準備が整えられていきます。
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やぐらの上ではリハーサル。太鼓をたたくのが楽しくて仕方がない、といった様子の標葉せんだん太鼓保存会の横山さんと今泉さん。
やぐらを降りた後も、拍子をとって本番に備えます。

取材・撮影する岩根さんの準備も進められていきます。
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やぐらには、各演奏団体の名称が記された垂れ幕が取り付けられました。
今年9月に成果展を行う郡山女子大学生活芸術学科の学生さんたちがデザインしてくれた垂れ幕です。
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成果展ではこの垂れ幕も展示いたしますので、ぜひご覧ください。

盆踊り開始直前。
岩根さんの360度カメラによって、双葉町のみなさんの集合写真を撮影しました。
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初めて見るカメラに驚きながらも、みなさんとても素敵な笑顔。

こどもたちも楽しそうです。
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さあ、提灯に火が入り、いよいよ盆踊りの開始です。
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宵闇が深まるにつれ、不思議な者たちが現れ始めます。
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そして美しい人も
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盆踊りは死者を迎える踊り。送る踊り。
この怪しげな者たちに交じって、先祖たちも踊っていることでしょう。

最後には岩根さんも盆踊りの輪の中に。
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年に一度の盆踊りを、復活させた人々。
この日には、各地に離れて住む双葉町の住民が集います。
ですが、ここは双葉町ではない、という事実。
その重さを引き受けながら、盆踊りは美しく儚く、楽しく、少し切なく、終わりの時間を迎えました。

9月に郡山女子大学で開催される成果展では
岩根さんが撮影した双葉町の方のポートレイト、集合写真を展示いたします。
9月9日(土)には、岩根愛さん、双葉盆太鼓奏者の横山さん、今泉さんによるトークイベントも開催いたします。
お運びいただけたら幸いです。

京都での成果展に向けたプレトークイベント2日目「痛みの記憶を伝えるために」
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日時:8月5日(土)13:30~15:30
会場:KYOTO-BA 京都場(京都市中京区西ノ京南聖町6-5)
講師:宮本佳明さん(建築家)、藤井光さん(美術家/映画監督)
司会:川延安直(福島県立博物館専門学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)

今回は染め物屋さんの作業場だったという空間を使ったギャラリー+宿泊施設。気持ちのよい空間です。
三条商店街のすぐ近く。昔ながらのお豆腐屋さんや食堂と、新しくおしゃれなお店が同居する面白い商店街。おすすめです。

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お一人目は建築家の宮本佳明さん。
災禍、喪失、歴史の積層。。。その表象。
都市や街がその記憶を伝えるためにとった表現の形をご紹介いただきました。
また、阪神淡路大震災で全壊判定を受けたご自宅をリノベーションした「ゼンカイハウス」、東京電力第一原子力発電所を葬るのではなく忘れるのではなく祀り鎮める「福島第一原発神社」構想。
幾重にも示唆的な取り組みをお話しいただきました。

もうお一方は映画監督の藤井光さん。
歴史・記憶を伝え表現すること、モノが語りえること、語りえないこと。
映像が語りえること、えないこと。。。
「文化財」がレスキューされ、からっぽになった博物館の映像は、あるいは更地の映像は何を語り伝えるのでしょうか。
ある歴史の物語を語る装置としての博物館自体について、問いが投げかけられているように感じました。

会場からは、人文学系の学生さんなど若い方からの質問も多く、議論が交わされました。
トークイベントの醍醐味ですね。

今年12月に開催する京都での成果展。
このプレトークイベントが、何らかの下地、呼び水、波紋、となることを願います。

いよいよ本格始動のはま・なか・あいづ文化連携プロジェクト。
今年度は郡山市、福島市、別府市、京都市で成果展を開催予定です。

8月4日(金)・5日(土)に、京都展に向けてのプレトークイベントを京都市内の2会場で行いました。
まずは8月4日に行われた「福島に寄り添った証言者たち」についてご報告します。

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日時:8月4日(金)18:00~20:00
会場:ちおん舎(京都市中京区衣棚三条上る突抜町126)
講師:天野和彦さん(福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任教授/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会委員)
山内正太郎さん(一般社団法人関西浜通り交流会代表理事)
安藤栄作さん(彫刻家)
司会:小林めぐみ(福島県立博物館主任学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)

会場のちおん舎さんは、かつて西陣織の呉服屋さんだったという由緒ある町屋。
場のもつ力が、人と人との対話を後押ししてくれました。

最初にお話しいただいたのは、当プロジェクト実行委員会委員でもある天野和彦さん。
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天野さんは、震災直後、福島県最大の避難所だったビッグパレットの運営にあたられました。
どんなにハード面で復興が進んでも、それだけでは人は生きていけない。
希望がなければ人は生きていけない。
ため息に相づちを打ってくれる誰かがいてくれるだけでもいい。そのために人が集える場所作りをされた実践について、お話しをいただきました。
人が人として生きるために、文化が必要なのだという天野さんの言葉は、はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトの原動力でもあります。

お二人目は、関西に避難された方々を支援してくださった、関西浜通り交流会の山内正太郎さん。
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東北から遠く離れた関西に避難された方々に対して、こんなにも丁寧に寄り添い、支援してくださった方がいたことを、私たちも初めて知りました。
山内さんの原点は「なぜこの人たち(避難者の方々)は、このような目にあわなければならないのか」という問いだったと言います。他者への想像力。それこそが今、私たちに問われていることではないか、と改めて教えていただきました。

三人目は彫刻家の安藤栄作さん。
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安藤さんは、震災当時いわき市の海沿いにお住まいでした。3月11日はたまたま外出していたため、ご家族ともに難を逃れましたが、お家やアトリエに保管されていたたくさんの作品は失われてしまいました。その後、関西に移られ、福島のことを様々に発信していらっしゃいます。
津波にさらわれた瓦礫の中から見つかったのは、お子さんが小さかった時に贈られたおもちゃや、地域の方が大切にされていた神社の社でした。最後に残るのは、人の人に対する思いなのではないか。目には見えないけれど、確かにそこにある人と人とのつながりのようなものなのではないか。安藤さんのお話しをそう受け取りました。

お話しいただいた内容は三者三様ですが、そこに通底するのは、人の思い、人と人とのつながり、ということなのだと思います。
「つながり」「絆」という言葉で言ってしまうと安易に過ぎる気もしますが、最後に人を支えるのはそこなのではないかと教えていただいたトークでした。

東北人にはつらい夏の京都でしたが、それにも負けぬ熱いトークでした。
これから、各地での成果展、トークイベントなどなど、怒濤のように開催して参ります。
随時、ご報告していきますので、ご一読いただければ幸いです。