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トークイベント+現地視察ツアー「福島の風景から読むFUKUSHIMA」

福島の現状を紹介し、参加者のみなさんと共に福島について考える「伝える考える福島の今プロジェクト」。
写真家の土田ヒロミさんの写真と風景を巡るトークイベントと現地視察ツアー「福島の風景から読むFUKUSHIMA」を開催しました。

11月19日(土)トークイベント 会場:県庁南再エネビル
11月20日(日)現地視察ツアー コース:福島市~飯舘村~南相馬市~浪江町~大熊町~いわき市~福島市

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1日目のトークイベントは三本立てで行われました。
「福島の風景から読むFUKUSHIMA~土田ヒロミ WORKS 2011-2016~から」
講師:木下直之氏(東京大学教授・文化資源学)、土田ヒロミ氏(写真家)

「福島の文化財保存の現状について」
講師:鎌田清衛氏(おおくまふるさと塾顧問、大熊町文化材保護審議委員)

「福島の農業復興計画現状について」
講師:菅野宗夫氏(農業、福島再生の会副理事長)

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日本の近代を独自の視点で切り取り、博物館や文化財の制度を問い直している木下直之さんを聞き手に、
土田ヒロミさんが、ご自身が撮影された福島の風景について語りました。

土田さんの手法のひとつに定点観測があります。
最初、震災や原発事故があっても変わらぬ美しい風景を捉えようとされていたそうですが、
同じ場所を撮り続けるうちに写し出されたのは、風景の変質でした。
2016年も、原発事故によってもたらされた風景の有り様を追っておられます。

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鎌田清衛さんは、故郷大熊町の歴史や文化を記録し伝える活動をされています。
原発事故によって帰還困難区域となった故郷。
一時帰宅の折に、地域に伝わる石碑などをフロッタージュで写し取っています。

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菅野宗夫さんは飯舘村で農業を営んでおられました。
今、飯舘村の農地は除染が進み、丹念に肥やしてきた表土が剥ぎ取られ、その上に灰色の山土がまかれています。
飯舘村でどうやって農業を再開させられるのか、ご自宅を大学等に開放し、研究を続けていらっしゃいます。

鎌田さん、菅野さんは、淡々と出来事を語ります。
菅野さんは「私は前向きなんだ」とおっしゃいます。
原発事故によってもたらされた否応もない変化に対して、切実な思いから行動されているお二人。
その土地に足をつけて生きてきた人の悲しさ、強さを感じたトークでした。

2日目はバスに乗り、土田さんのガイドで被災地を巡りました。
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飯舘村や海辺の町には、
かつて田んぼだった場所に、汚染された土を入れたフレコンバックが積み上げられています。
整然と台形に積まれたそれは、現代の病がつくりだした神殿のように見えます。

飯舘村では、フレコンバックの山の道路を挟んで向かいに、ソーラーパネルが立ち並んでいました。
参加者のお一人が後におっしゃった、これらは本質的に異ならないのではないか、という言葉は、受け止めなければならないとても重い提言です。

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その後、飯舘村の山津見神社を見学。
オオカミを神の使いとする珍しい神社です。
全村避難後の2012年4月、拝殿が火災で失われてしまいましたが、
今は再建され、東京藝術大学保存修復日本画研究室によって復原されたオオカミの天井画を拝見することができます。
地域の信仰と文化を伝えることの危機と、新たな取り組みの双方を学びました。

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菅野さんの飯舘村のご自宅で、農業再生に向けた取り組みについてうかがいました。
自分たちで行える除染方法の開発、稲の試験栽培、土を使わない点滴型栄養栽培などを行っておられます。
道は遠い。けれど起こったことに対して、自分の目で、手で確かめ、少しでも前へ向いて動いていかなければ、何も変わらない。
菅野さんの信念に打たれます。

そして浪江町請戸へ。
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津波の被害、原発事故による避難。
震災後数年は、津波の爪痕をまざまざと残す荒野でした。
最近は瓦礫や住宅跡の撤去がすすみ、更地となっている部分もあります。
そうして、そこに人が住んでいたという事実、記憶はどんどん失われていきます。
この風景を私たちはどのように捉えたらいいのか。

今回のツアーでは、土田ヒロミさんの案内により、福島の変容する風景を巡りました。
実際に見て感じること。
講師のみなさんのお話をうかがい、参加者どうし対話を重ねること。
そうして伝わることは、報道等では知ることのできない重みを持っています。

このツアーは、いわゆるダークツーリズムの一つと言えるでしょう。
参加者のみなさんと対話をしながら、私たち自身もその正の側面、負の側面の両方を見据え、
何を伝えられるのか、何が得られるのか、慎重に考えていかなければなりません。

2017.02.20