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岡部昌生フロッタージュプロジェクト 石川町編

岡部昌生フロッタージュプロジェクトの視点は、
震災・原発事故の記録に加えて、
福島のエネルギー史に広がってきています。

歴史を知ることは、
現在を知ることに繋がります。

福島でどのようなエネルギーが、
何のために、どのようにつくられていたのかを知ることは、
原発事故を客観的に理解し、
福島のこれからを考えるヒントをくれるはずです。

福島県の中央を南北に走る阿武隈山地には、
ペグマタイトという
高純度で成分を採取できる鉱床が横たわっています。
陶器の釉薬になる長石や、
ガラスの材料になる石英、
ジルコンなどの貴石、
水晶やアメジストなどの半貴石
その他の希元素鉱物などが大きな塊で見つかる言わば"宝の山"です。

福島の豊かな自然は、
歴史の中でまま蹂躙されます。

第二次世界大戦中、
ペグマタイトを抱える石川町では、
軍によるウラン鉱石の採掘と精錬が試みられていました。
その工場は、石川町でジルコン鉱床を見つけ
その開発に尽力していた丸之内鉄之助の新設したばかりのジルコン工場を、
命令により委譲させてスタートしたものでした。

岡部さんは、今回、
その工場跡の壁をフロッタージュしました。
戦時中の物資不足の中、至急で建設されたジルコン工場の壁には、
資材となったのでしょうか、
近隣の川底の砂に混じっていたと思われる物が混在しています。
川石、やきもの片。
手に触れるそれらに、
ピンクやグリーンの華やかな色を与えてから、
ジルコン工場の、そして理研の工場の壁であったコンクリートをなぞっていきます。

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2日間に渡る制作で生まれた大作は「ジルコン」と名付けられました。
それは、丸之内鉄之助への敬意であったのかもしれません。

石川町でのリサーチ・制作の2日目には、
岡部さんのフロッタージュによる表現の一番の理解者である
写真評論家・多摩美術大学教授港千尋さんが合流。
これまでの岡部さんの広島や北海道での活動の延長としての福島を
捉え直してくださいました。

また、石川町の教育長さんも、現場へ。
ジルコン工場跡による、
戦争教育を検討されていた教育長から、
強い理解と賛同をいただきました。

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ジルコン工場は、石川町の、福島の負の記憶かもしれません。
しかし、それは、その重荷に耐えつつ、
私たちに戦争の愚かさを伝えてくれています。
そして、この地に眠る鉱物の豊かさは、
人間とは全く異なる時間軸で作られた大地の偉大さを私たちに語りかけているのです。

(小林めぐみ)

2015.07.09