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2月17日・18日・19日の三日間、今年度2回目となる現地視察ツアー「福島・文化・文化財〜被災地のミュージアムと文化財のこれから〜」を企画実施しました。

2月17日(金) 福島県立博物館
2月18日(土) 南相馬市博物館~南相馬市福浦小学校~朝日座
2月19日(日) アートスペース盛高屋~双葉町歴史民俗資料館~ヘルスケアーふたば~復興祈念公園・アーカイブ拠点施設予定地

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福島県立博物館で開催中の展覧会「アートで伝える考える 福島の今、未来」は、ふくしま震災遺産保全プロジェクトの資料と展示室を共有しています。その見学と展示室でのダイアローグから始まり、南相馬市博物館、レスキューされた文化財が保存されている福浦小学校、そしてレスキューにより展示室がほとんど空になった双葉町歴史民俗資料館、双葉町のご厚意ににより町内の老人介護施設、復興祈念公園予定地を巡りました。

南相馬市博物館で震災前の環境を伝える植物標本の数々を見た後、福浦小学校に向かいました。同校は南相馬市小高区にあるごく普通の鉄筋コンクリート造の小学校ですが、そこに通う生徒はいません。代わりに教室のいくつかには民具や文書が所狭しと収蔵されています。子どもたちが毎朝登校したであろう玄関に一艘の木造の小舟が置かれていました。
福島県立博物館の総合展示室にはかつて浪江町請戸の沿岸で使われていた木造船が展示されています。その舟をすぐに思い出しました。これら資料は、もとのあるべき場所を離れ、幾度もの流転を経て、かつての子どもたちの学び舎にたどり着いたのでした。今も流転は続いているのです。

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二日目最後は南相馬市原町区の映画館朝日座でこの日の振り返りを行ないました。初対面のグループでの対話に戸惑った方もおられましたが、登録文化財の建物で行った対話は貴重な体験となったようです。朝日座を楽しむ会のみなさまありがとうございました。

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三日目は、いわき駅前のアートスペースとしてすっかり地域に定着したもりたか屋さんでのレクチャーからスタート。双葉町歴史民俗資料館学芸員の吉野さんから震災後の双葉町の現状をお聞きし、双葉町に向かいました。

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警戒区域のゲートでチエックを受け、町内へ。子どもたちが学ぶべき場所に資料が詰め込まれた小学校の裏返しのように双葉町歴史民俗資料館の展示室にあるべきはずの展示資料は今はありません。警戒区域にある同館の資料はほとんどがすでにレスキューされています。吉野学芸員さんが話していました。資料館には学校帰りの子どもたちが良く遊びに来ていたそうです。子どもたちはごく自然に地域の文化と文化財に親しんでいたことでしょう。資料館は地域の文化に育ちつつありました。

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次いで訪れた老人介護施設の中は、電気が切られ闇に包まれた資料館とは対称的に大きな天窓から冬の日差しがさんさんと降り注いでいたました。ここも福島県内にいくつもある一日だけの避難所の一つです。室内のテーブルにはチラシを折って作られたくず入れが置かれていました。それはおそらくリハビリの一環でもあったのでしょう。くず入れの中にはお菓子の袋が入っていました。さっきまでそこの陽だまりで楽しい茶飲み話しが行われていたかのようです。

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南相馬市の詩人若松丈太郎さんは、原発事故の避難によって人影が消えた町を「神隠し」にあったと綴りました。神隠しはこの一帯でリアルとなりました。受付には胡蝶蘭の鉢が置かれ鮮やかな花が垂れ下がっていました。触れてみましたが、それはプラスチックでした。

根ざした地を離れ仮の場に置かれ続けるモノたちがいる。安住の地を得て、子どもたちの声に応え地域の文化に貢献していた資料館のモノたちはそこを追われた。モノたちと同じ苦難にある福島の人たちを思わずにはいられません。

21世紀の神隠しの記憶は文化財でしょうか。少なくとも、この記憶を伝え残す努力は、将来、文化と呼ばれても良いのではないでしょう。
ツアーの最後に立ったのは復興祈念公園予定地。双葉町の橋本係長様に計画をご説明いただきました。復興拠点のこの場から双葉町が再生することを祈ります。

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今回のツアーでは、終始映像監督の藤井光さんが同行し記録映像を撮影しました。今回のツアーが文化財となる日に備えて。

(川延安直)

福島の現状を紹介し、参加者のみなさんと共に福島について考える「伝える考える福島の今プロジェクト」。
写真家の土田ヒロミさんの写真と風景を巡るトークイベントと現地視察ツアー「福島の風景から読むFUKUSHIMA」を開催しました。

11月19日(土)トークイベント 会場:県庁南再エネビル
11月20日(日)現地視察ツアー コース:福島市~飯舘村~南相馬市~浪江町~大熊町~いわき市~福島市

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1日目のトークイベントは三本立てで行われました。
「福島の風景から読むFUKUSHIMA~土田ヒロミ WORKS 2011-2016~から」
講師:木下直之氏(東京大学教授・文化資源学)、土田ヒロミ氏(写真家)

「福島の文化財保存の現状について」
講師:鎌田清衛氏(おおくまふるさと塾顧問、大熊町文化材保護審議委員)

「福島の農業復興計画現状について」
講師:菅野宗夫氏(農業、福島再生の会副理事長)

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日本の近代を独自の視点で切り取り、博物館や文化財の制度を問い直している木下直之さんを聞き手に、
土田ヒロミさんが、ご自身が撮影された福島の風景について語りました。

土田さんの手法のひとつに定点観測があります。
最初、震災や原発事故があっても変わらぬ美しい風景を捉えようとされていたそうですが、
同じ場所を撮り続けるうちに写し出されたのは、風景の変質でした。
2016年も、原発事故によってもたらされた風景の有り様を追っておられます。

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鎌田清衛さんは、故郷大熊町の歴史や文化を記録し伝える活動をされています。
原発事故によって帰還困難区域となった故郷。
一時帰宅の折に、地域に伝わる石碑などをフロッタージュで写し取っています。

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菅野宗夫さんは飯舘村で農業を営んでおられました。
今、飯舘村の農地は除染が進み、丹念に肥やしてきた表土が剥ぎ取られ、その上に灰色の山土がまかれています。
飯舘村でどうやって農業を再開させられるのか、ご自宅を大学等に開放し、研究を続けていらっしゃいます。

鎌田さん、菅野さんは、淡々と出来事を語ります。
菅野さんは「私は前向きなんだ」とおっしゃいます。
原発事故によってもたらされた否応もない変化に対して、切実な思いから行動されているお二人。
その土地に足をつけて生きてきた人の悲しさ、強さを感じたトークでした。

2日目はバスに乗り、土田さんのガイドで被災地を巡りました。
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飯舘村や海辺の町には、
かつて田んぼだった場所に、汚染された土を入れたフレコンバックが積み上げられています。
整然と台形に積まれたそれは、現代の病がつくりだした神殿のように見えます。

飯舘村では、フレコンバックの山の道路を挟んで向かいに、ソーラーパネルが立ち並んでいました。
参加者のお一人が後におっしゃった、これらは本質的に異ならないのではないか、という言葉は、受け止めなければならないとても重い提言です。

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その後、飯舘村の山津見神社を見学。
オオカミを神の使いとする珍しい神社です。
全村避難後の2012年4月、拝殿が火災で失われてしまいましたが、
今は再建され、東京藝術大学保存修復日本画研究室によって復原されたオオカミの天井画を拝見することができます。
地域の信仰と文化を伝えることの危機と、新たな取り組みの双方を学びました。

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菅野さんの飯舘村のご自宅で、農業再生に向けた取り組みについてうかがいました。
自分たちで行える除染方法の開発、稲の試験栽培、土を使わない点滴型栄養栽培などを行っておられます。
道は遠い。けれど起こったことに対して、自分の目で、手で確かめ、少しでも前へ向いて動いていかなければ、何も変わらない。
菅野さんの信念に打たれます。

そして浪江町請戸へ。
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津波の被害、原発事故による避難。
震災後数年は、津波の爪痕をまざまざと残す荒野でした。
最近は瓦礫や住宅跡の撤去がすすみ、更地となっている部分もあります。
そうして、そこに人が住んでいたという事実、記憶はどんどん失われていきます。
この風景を私たちはどのように捉えたらいいのか。

今回のツアーでは、土田ヒロミさんの案内により、福島の変容する風景を巡りました。
実際に見て感じること。
講師のみなさんのお話をうかがい、参加者どうし対話を重ねること。
そうして伝わることは、報道等では知ることのできない重みを持っています。

このツアーは、いわゆるダークツーリズムの一つと言えるでしょう。
参加者のみなさんと対話をしながら、私たち自身もその正の側面、負の側面の両方を見据え、
何を伝えられるのか、何が得られるのか、慎重に考えていかなければなりません。