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会場レポート、4会場目は清島アパートです。

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清島アパートは、NPO法人BEPPU PROJECTが運営する、若手アーティストの居住・制作スペースです。
もと下宿の建物はなかなかの趣です。
今回の別府展開催にあたって、住人の一人・画家の大平由香理さんに大変お世話になりました。
会場を紹介していただいたり、地域の方とつないでいただいたり。
この清島アパートでの展示も大平さんのおかげで実現しました。

清島アパートでは、乾久子さんのワークショップ「くじびきドローイング」の開催と、その展示をしています。
くじびきドローイングは、くじを引いてそこに書かれている言葉からイメージしたものを描き、新たな言葉を残していくという、言葉と絵のリレーです。
くじを引くという遊び・ギャンブル・偶然の要素、それがまた誰かの偶然or運命として関連しあっていくという面白さがあります。
大人も子どもも真剣です

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2015年「豊間ことばの学校」で、静岡からもたらされた言葉に豊間の子どもたちが絵で応え、言葉を残し、それがまた静岡~高知~別府へとつながりました。
清島アパートには、豊間小学校の子どもたちの言葉を受けて、静岡市立清水庵原小学校の子どもたちが描いたドローイングが展示されています。
そこに、今回、別府で新たに描かれたドローイングが加えられたいきます。
言葉と絵のリレーの過程で、少しずつ(いや、だいぶ)ずれながらつながっていく、そのゆるやかさ、そのしなやかさが魅力です。
別府と福島、遠く離れた場所だけれど、きっとどこかでつながっている。そんなことを感じられるワークショップです。

今回、清島アパートで「くじびきドローイング」を開催するにあたり、
アパート住人の大平由香理さんとくじドロとのコラボ企画が実現しました。
会期中の毎週金曜日夜、くじの言葉をもとに大平さんのライブペインティングが行われました。

初回「恐い先生」
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2回目「高知と大分」
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2回目「馬鹿歩き」
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毎回、会場との応答の中で絵が描かれていきます。
会場の外では、女装の金髪男性がバーナーで炭をおこすなど、怪しげなイベントが随時開催中です。
こういう場があるということが、本当に面白い、別府の夜。

金曜日夜には、アパート住人の落語家・月亭太遊さんの一席が開催されます。
毎日、新作落語を披露するという荒技。
気迫ただようなか、太遊さんの頭上には、「心のすきまをうめてくれるもの」というお題のドローイングがゆらゆら。
この不思議さが、さすがです。清島アパート!

参加してくださった方の心のどこかに、「福島」が残りますように。
そうしてまた、つながっていきますように。

今回は3つめの会場、末広温泉公民館の展示をご紹介します。

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末広温泉公民館はその名の通り、温泉と公民館が一体となった別府独特の施設です。
1階の温泉には、手桶を片手にひっきりなしに地元の方が訪れます。

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2階の公民館に、本郷毅史さんの写真作品「水源域・福島」を展示しています。

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本郷さんは全国各地の川を遡り、水源域を撮影しておられます。
2014年から当プロジェクトに参加いただき、福島を代表する川・阿武隈川などの水源域を撮影してこられました。
生命の源である水。その生まれいずる場所。
本郷さんはその場所をみつめ、静かにとらえます。

東日本大震災で多くの方が亡くなった海。
めぐりめぐって、その海と水源域はつながっている。
福島で水源域を撮影した時、そのつながり、重みを強烈に感じたと本郷さんはおっしゃいます。
本郷さんの作品は、命そのものである清冽な水に捧げられた祈りのようです。

温泉が湧く町、別府。
地中の熱の力、水の流れを感じるこの町で、本郷さんの作品を展示することができ、とても嬉しく思っています。

末広温泉の浴場には、別府を拠点に制作されている画家の大平由香理さんの壁画が描かれています。
水の本郷さんに対して、大平さんの絵には山のもつエネルギーがあふれています。
展示観覧の後には、ぜひ温泉に入り、山水あわせてご覧いただければと思います。

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本郷さんと大平さんによるトークイベント「旅と別府とアーティスト」の様子は、
またおってご報告いたします。

アートで伝える考える福島の今、未来 in BEPPU
二つ目の会場をご紹介します。

昭和3年に建築されたという別府市公会堂では、2・3階のロビーで、
華道家の片桐功敦さんの作品「Sacrifice」を展示しています。
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片桐さんは2013・2014年に南相馬市に滞在し、津波被災地を巡り、死者へ手向ける花を活けました。
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もう一つのシリーズは、南相馬市博物館の協力を得て、土地の歴史を物語る縄文土器や弥生土器に象徴的な花を活けたもの。
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津波によって生命をふきかえし今また失われつつある水葵、放射線量を下げるのに効果があるとされ一時期大量に植えられた向日葵、試験栽培の稲。。。

これらの花々はどれも痛み/悼みと哀しみとをたたえながら静かに咲いています。
公会堂の美しい建物とともに、じっくりご覧いただきたい作品です。

郡山市で開催中の成果展、トークイベント3本立ての最後は、
9月18日(月・祝)、華道家の片桐功敦さん、ラッパーの狐火さんをお招きしての「被災地のあなたへ―今、郡山で話す福島」です。

会場となった安積歴史博物館は旧福島尋常中学校として明治17年に創立された建物。
とてもよい雰囲気の中、トークは展示中の片桐さんの作品の前で行われました。

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片桐さんは、2013・2014年に、南相馬市に滞在しながら、津波被災地で死者に手向ける花を活けてこられました。
その頃のひりひりした感情、怒り、哀しみについてお話しいただきました。

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狐火さんは、福島出身のラッパー。
震災当時、東京におられ、福島の家族と音信不通だった3日間に考え続けた、
大切な人がいなくなってしまうかもれしない恐怖、それを引き起こした震災・原発事故について言葉にし音にのせ配信したことをきっかけに、以後、福島を伝える言葉と音楽を発信し続けています。

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表現手段は異なりますが、どこか響き合うお二人。
今年は東京と広島で、お二人のトーク、パフォーマンスとライブを行っています。そして今回へと続きました。
花と言葉を武器に東京へのりこんだこと、8月の広島で深い共感を得たことについてお聞きしました。
そこに如実に見えるのは、都市間の温度差です。
深い傷を負い、それを伝え続けてきた広島。それ故にこそ、伝える方法に限界を見いだし、また新たな方向を模索している広島。
福島はどのような未来を描くのでしょうか。

最後は狐火さんのライブ。
片桐さんが花を活ける映像に、狐火さんの言葉が重ねられます。

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振り絞られるような、締め付けられるような言葉の数々に、聞く者はただそこに立ち尽くし、打たれます。
原爆ドームが広島の記憶を伝えるモニュメントとなったように、
片桐さんの花が、狐火さんの言葉が、このひりひりした感覚とともに伝わっていく。
それを受け取る心をなくしてはいけない。

会場からは、千年先にこのことを伝えなければならない、そしてそれはできる、という力強い言葉をいただきました。

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また、今回の会場には、片桐さんが私たちと結びつけてくださった方、狐火さんの存在を私たちに伝えてくださった方の姿が。
その出会いが次の出会いを生んでいく。
小さい声かもしれませんが、その声がまた誰かに届くことを願って、プロジェクトは続きます。

9月17日(日)、成果展が行われている郡山女子大学で、ワークショップとトークイベントを開催しました。

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今回の成果展では、会場となる郡山女子大学様との協働が様々な形で実現されました。
その一つが、中山晴奈さんをお招きしての、福島の多様な食文化に関するワークショップとトークイベントです。

郡山女子大学には、福島県内の食文化を伝える食具のコレクションがあります。
夏頃、それらを整理し、どのように活用するかを学生さんたちと一緒に考えるところからスタートしました。
成果展では、食具の一部を中山さんアレンジで展示しました。

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その器たちは、どのような場面で使われ、どのような料理が盛りつけられたのか。
それを体験するワークショップが行われました。

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きのこごはん、八杯汁、切り昆布煮、カレイの煮付けが本日の献立。
3班に分かれて、それぞれ同じ献立を作ります。
八杯汁はお盆や法事などで作られる汁物。名前の由来は8人分だとか、美味しくて8杯食べられるからだとか、様々です。全ての具材を細切りにするのが特徴で、お豆腐も拍子切りにします。
面白いことに、福島以外にも各地にあるのですが、それぞれ自分の所にしかないと思っているらしいということを、中山さんから教わりました。
切り昆布は、浜通りで加工されていますが、主に食されているのは中通りです。原材料は北海道からもたらされ、すばやく美味しく食べられるように絶妙にブレンドされているとのこと。
食には流通の面白さや、技術の妙が凝縮されています。

今回のワークショップで、中山さんは調味料の量を指定しませんでした。中山さんのお話と、これまでの経験から、それぞれの班で味付けをします。
想像力が試されます。
これには郡山女子大学の食物栄養学科の先生も「面白い!」と、興味津々です。

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できあがったものは、3班でそれぞれ見事に違うものになりました。
具材の切り方が大きいもの、小さいもの、汁気が多いもの、少ないもの。
提示された材料から、何を想像し、何を実現するか。とても面白い実験となりました。

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カレイの煮付け担当は、考古学がご専門の會田先生。
エプロン姿が異常に似合います。
とてもきめ細やかに、煮付けを仕上げていただきました。

こうした料理の他に、「せっかく女子大なのだから」ということで、中山さん考案のスイーツが作られました。
テーマは、山・海・石・苗・空。
素材は色々。それを盛りつけて名前を付けることで、ココアケーキが土になり、寒天が海になります。
「見立て」という想像力の力が、そこにはあります。

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さて、いよいよお待ちかねの実食です。
博物館からお持ちした様々な漆器を、学生のみなさんに自分で選らんでもらい、そこに盛りつけてもらいました。
「わあーきれい!」「凄い!!触っていいんですか?」と楽しそうに器を選んでいただきました。

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普段、本物の漆の器で食べることは少なくなってきていますが、このワークショップで漆器のお膳で食べる晴れやかさを体験してもらえたのではないでしょうか。

調理の合間には、思い出の食事についてみなさんにお聞きしました。

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ほのぼのしたものから、強烈なものまで、みなさんの食体験は様々です。
食は鮮明な記憶となります。その味や香りによって、記憶がふっとよみがえります。
その時、そこには誰がいたのか、どんな場面だったか、どんな気持ちだったか。
みなさん、とても楽しそうに語っていただきました。これが食の力なのだと、改めて感じた瞬間でした。

ワークショップの後は、民俗学者の野澤先生と中山さんのトークです。

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はま・なか・あいづ、それぞれの土地に根ざした食文化についてお話しいただきました。
それぞれの土地の季候や風土によって、いかに食は多様であることか。
スーパーやコンビニに行けば、全国で同じ食べ物が手に入りますが、そのことによって見失わされているものがあるのではないか。
思い出の食事に見られるように、その記憶は実に私的であり、かつその時一緒にいた人との共有体験でもあります。
地域の伝統食であれば、それはその地域の共通の体験であり、かつそこに生きた人の個別の体験でもあります。

食という最も身近な、身体的な体験だからこそ、そこにはその土地々々の根のようなものが感じられます。
私たちの体を育み、生かす食。
共同体を育む食。
多様な食のあり方が、文化そのものであると感じたトークイベントでした。

9月9日(土)、郡山女子大学で
トークイベント+標葉せんだん太鼓公演「文化でつなぐふるさと」を開催しました。

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講師は本プロジェクト参加作家の岩根愛さんと、
岩根さんが取材を続けている双葉町の盆太鼓奏者、横山久勝さんと今泉春雄さん。

まずは、岩根さんから、ご自身のこれまでの活動についてご紹介いただきました。
ハワイの日系人文化を取材してこられたこと、その中で出会った360°撮影できるパノラマカメラのこと。
ハワイでは日本の移民が伝えた盆踊りが、ボンダンスとして進化し盛んに行われていること。
そこで唄われる盆唄は福島にルーツを持つこと、それに導かれるように福島を取材し始めたこと。。。
震災後に、ハワイによる福島復興支援の中で、避難している福島の学生をハワイに招くという事業がありました。
所在なげにしていた女子高生が、ボンダンスの音色を聞いて、「あ、これ知ってる。福島の盆踊りだ!」と盆踊りに加わって踊り出したことに、岩根さんは衝撃を受けたと言います。
体の中にしまわれているふるさとの音。
その音が揺り動かす何か。
それを探し、ハワイと福島の太鼓による交流を受け持つ中で、
双葉町の盆踊りを伝え残そうと活動されている横山さん、今泉さんに出会われたそうです。

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双葉町は東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所の事故により、帰還困難区域となりました。

民謡の宝庫とされる福島浜通り地方にあって、双葉町も数百年の歴史を持つという双葉盆唄を伝えてきました。
毎年、各地区で盆踊りが催され、「やぐらの競演」という各地区の盆唄・太鼓・笛の競演も行われていたそうです。
その中で横山さん・今泉さんは、双葉の新しい伝統を作ろうと、標葉せんだん太鼓保存会という創作太鼓の会も結成し、盛んに活動していました。

震災後、町民は離ればなれに暮らすことになり、双葉町の盆踊りは存続の危機を迎えることになります。
その中で、横山さん・今泉さんと岩根さんとの出会いが、ハワイに双葉盆唄を伝えるプロジェクトとして始動しました。
当初、ハワイのボンダンスを見て、福島の盆踊りがかくも変化し、しかも盛大に催されているいることにショックを受けたというお二人。
ですが、双葉盆唄をハワイに預け、いつか双葉町に帰る日に、また返してもらうことに託したのだと言います。
日本からハワイに渡った人たちが、遠いふるさとの記憶として大切に伝えてきた盆踊り。
ハワイ風に変化しながらも、そこにはふるさとへの思いが息づいています。
盆踊りは先祖を迎え送る踊り。
自分の中に、土地の中に、流れる血を感じ、継承する踊り。
双葉町を離れて暮らす方々にとって双葉の盆踊りはかけがえのないものなのだと、そこになくてはならないものなのだと、お二人から教えられました。

今年、いわき市にある仮設住宅で復活した「やぐらの共演」で拝見した(競演から共演になりました)、
お二人の様子、双葉町のみなさんの様子が、何よりもそれを物語っています。

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お二人は、岩根さんと出会ったことで明るくなったと言います。
ハワイのボンダンスを知り、その力強さに双葉町の未来を思われたのでしょうか。

「ふるさと」とは何でしょうか。
横山さんは、そこに吹く風であり、そこに寄せる波であり、空気であり、風景であり、音だとおっしゃいました。
盆踊りの音は、そこになくてはならないものなのだと、おっしゃいました。

いつかそこに帰る日に、その風が、その音が響いていますように。

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最後は標葉せんだん太鼓保存会のみなさんの迫力の演奏で締めくくられました。

岩根さん、横山さん、今泉さん
標葉せんだん太鼓保存会のみなさん
ご来場のみなさま
そして、サポートしてくださった郡山女子大学のみなさま
ありがとうございました。

京都での成果展に向けたプレトークイベント2日目「痛みの記憶を伝えるために」
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日時:8月5日(土)13:30~15:30
会場:KYOTO-BA 京都場(京都市中京区西ノ京南聖町6-5)
講師:宮本佳明さん(建築家)、藤井光さん(美術家/映画監督)
司会:川延安直(福島県立博物館専門学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)

今回は染め物屋さんの作業場だったという空間を使ったギャラリー+宿泊施設。気持ちのよい空間です。
三条商店街のすぐ近く。昔ながらのお豆腐屋さんや食堂と、新しくおしゃれなお店が同居する面白い商店街。おすすめです。

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お一人目は建築家の宮本佳明さん。
災禍、喪失、歴史の積層。。。その表象。
都市や街がその記憶を伝えるためにとった表現の形をご紹介いただきました。
また、阪神淡路大震災で全壊判定を受けたご自宅をリノベーションした「ゼンカイハウス」、東京電力第一原子力発電所を葬るのではなく忘れるのではなく祀り鎮める「福島第一原発神社」構想。
幾重にも示唆的な取り組みをお話しいただきました。

もうお一方は映画監督の藤井光さん。
歴史・記憶を伝え表現すること、モノが語りえること、語りえないこと。
映像が語りえること、えないこと。。。
「文化財」がレスキューされ、からっぽになった博物館の映像は、あるいは更地の映像は何を語り伝えるのでしょうか。
ある歴史の物語を語る装置としての博物館自体について、問いが投げかけられているように感じました。

会場からは、人文学系の学生さんなど若い方からの質問も多く、議論が交わされました。
トークイベントの醍醐味ですね。

今年12月に開催する京都での成果展。
このプレトークイベントが、何らかの下地、呼び水、波紋、となることを願います。

いよいよ本格始動のはま・なか・あいづ文化連携プロジェクト。
今年度は郡山市、福島市、別府市、京都市で成果展を開催予定です。

8月4日(金)・5日(土)に、京都展に向けてのプレトークイベントを京都市内の2会場で行いました。
まずは8月4日に行われた「福島に寄り添った証言者たち」についてご報告します。

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日時:8月4日(金)18:00~20:00
会場:ちおん舎(京都市中京区衣棚三条上る突抜町126)
講師:天野和彦さん(福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任教授/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会委員)
山内正太郎さん(一般社団法人関西浜通り交流会代表理事)
安藤栄作さん(彫刻家)
司会:小林めぐみ(福島県立博物館主任学芸員/はま・なか・あいづ文化連携プロジェクト実行委員会事務局)

会場のちおん舎さんは、かつて西陣織の呉服屋さんだったという由緒ある町屋。
場のもつ力が、人と人との対話を後押ししてくれました。

最初にお話しいただいたのは、当プロジェクト実行委員会委員でもある天野和彦さん。
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天野さんは、震災直後、福島県最大の避難所だったビッグパレットの運営にあたられました。
どんなにハード面で復興が進んでも、それだけでは人は生きていけない。
希望がなければ人は生きていけない。
ため息に相づちを打ってくれる誰かがいてくれるだけでもいい。そのために人が集える場所作りをされた実践について、お話しをいただきました。
人が人として生きるために、文化が必要なのだという天野さんの言葉は、はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトの原動力でもあります。

お二人目は、関西に避難された方々を支援してくださった、関西浜通り交流会の山内正太郎さん。
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東北から遠く離れた関西に避難された方々に対して、こんなにも丁寧に寄り添い、支援してくださった方がいたことを、私たちも初めて知りました。
山内さんの原点は「なぜこの人たち(避難者の方々)は、このような目にあわなければならないのか」という問いだったと言います。他者への想像力。それこそが今、私たちに問われていることではないか、と改めて教えていただきました。

三人目は彫刻家の安藤栄作さん。
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安藤さんは、震災当時いわき市の海沿いにお住まいでした。3月11日はたまたま外出していたため、ご家族ともに難を逃れましたが、お家やアトリエに保管されていたたくさんの作品は失われてしまいました。その後、関西に移られ、福島のことを様々に発信していらっしゃいます。
津波にさらわれた瓦礫の中から見つかったのは、お子さんが小さかった時に贈られたおもちゃや、地域の方が大切にされていた神社の社でした。最後に残るのは、人の人に対する思いなのではないか。目には見えないけれど、確かにそこにある人と人とのつながりのようなものなのではないか。安藤さんのお話しをそう受け取りました。

お話しいただいた内容は三者三様ですが、そこに通底するのは、人の思い、人と人とのつながり、ということなのだと思います。
「つながり」「絆」という言葉で言ってしまうと安易に過ぎる気もしますが、最後に人を支えるのはそこなのではないかと教えていただいたトークでした。

東北人にはつらい夏の京都でしたが、それにも負けぬ熱いトークでした。
これから、各地での成果展、トークイベントなどなど、怒濤のように開催して参ります。
随時、ご報告していきますので、ご一読いただければ幸いです。