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いわき市平の七夕祭りでの発表を目指して、
いわき市平のフリースペースと復興公営住宅集会場の2カ所での
七夕飾りつくりワークショップが、順調に進んでいます。

下神白公営住宅集会場では、
この日、
講師のとっくんこと竹内寿一さんのワークショップ3回目が行われました。

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大熊町、双葉町、富岡町、浪江町のみなさんが暮らす公営住宅。
入居して間もなくの頃にはじまった
七夕飾りつくりワークショップは、
集まったみなさんの「初めまして」からスタートしました。

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どんな七夕飾りにするかのアイディア出しワークショップでは、
4つの町の自慢が幾つも。
大熊町の熊のマスコット「おーちゃん、くーちゃん」「梨」、
双葉町の「薔薇」、
富岡町の「桜」、
浪江町の「大堀相馬焼」「鮭」。

そして、入居者のみなさんの手作り自慢もたくさん出ました。
「流木アート」「紙紐カゴ」「紙の人形」「鞠」「ボボ」。

それらをみーんな集めた下神白ならではの飾りを作ることに。
全てを受け止め、集めてくれるのは…。
そう、福を集める「熊手」です。

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とっくんが来ない日も、
みなさん各々集会場に集まっての飾りつくりが、
どんどん進み、
「こうしたら?」「これもいいね」の
アイディアもどんどん膨らんでます。

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みなさんが本当に楽しそうに、
夢中で真剣に作ってらっしゃる姿に、
故郷への思いや、
何かを生み出すことの喜びが、
感じられました。

完成目標は8月3日。
8月6日、7日、8日の七夕祭りが晴れ舞台です。

みなさん、どうぞご覧にいらしてくださいね。

(小林めぐみ)

コミュニティアーティストの開発好明さんと取り組む南相馬市でのプロジェクトも今年で3年目。震災から4年を経て被災地でのコミュニティの状況とニーズも変化しています。北屋形神楽復興プロジェクト、うまままつりと展開した今年度のプロジェクトは、その名も「愛銀行」。コンセプトは「あいせること、あいしたいことを貯蓄して育てていくお金を使わない日本初の新しい銀行」。
地域のみなさんが自分の「できること」「かなえたいこと」「やってあげられること」「助けてほしいこと」などを蓄えていく銀行です。多くの「できること」が貯まった時、何かを「かなえる」ことができるはずです。
やがて地域の助け合いを生み出すワークショップは、自分のことを見つめ直す機会にもなります。

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5月24日第1回のミーティングでやってみたお試しワークショップでは、「闘病記を語れる。」「一晩中格闘技の話しに付き合える。」「美味い居酒屋を紹介できる。」などなどのできることが集まりました。

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6月28日第2回のミーティングでは一歩進め、開発さんによる愛銀行の通帳デザイン案が披露され、さらに看板、ステッカーなどのPR作戦を考えました。

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第2回ミーティングの翌日はいわき市に移動、いわき未来会議とNPOワンダーグラウンドのメンバーにも「愛銀行」のプレゼンを行いました。

ここまで来て残る課題は、「愛銀行」設立の要となる南相馬支店長の人選。プロジェクトを引っ張る支店長にはコンセプトを十分に理解、共感していただかねばなりません。
きっとすばらしい方にお引き受けいただけると信じていますが、もう少しの出会いと対話が必要なようです。
でも、この産みの苦しみが、すでに「愛銀行」プロジェクトなのですね。
秋からは本格始動の予定です。
興味のあるみなさん、是非お気軽にご参加ください。

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(川延安直)

岡部昌生フロッタージュプロジェクトの視点は、
震災・原発事故の記録に加えて、
福島のエネルギー史に広がってきています。

歴史を知ることは、
現在を知ることに繋がります。

福島でどのようなエネルギーが、
何のために、どのようにつくられていたのかを知ることは、
原発事故を客観的に理解し、
福島のこれからを考えるヒントをくれるはずです。

福島県の中央を南北に走る阿武隈山地には、
ペグマタイトという
高純度で成分を採取できる鉱床が横たわっています。
陶器の釉薬になる長石や、
ガラスの材料になる石英、
ジルコンなどの貴石、
水晶やアメジストなどの半貴石
その他の希元素鉱物などが大きな塊で見つかる言わば"宝の山"です。

福島の豊かな自然は、
歴史の中でまま蹂躙されます。

第二次世界大戦中、
ペグマタイトを抱える石川町では、
軍によるウラン鉱石の採掘と精錬が試みられていました。
その工場は、石川町でジルコン鉱床を見つけ
その開発に尽力していた丸之内鉄之助の新設したばかりのジルコン工場を、
命令により委譲させてスタートしたものでした。

岡部さんは、今回、
その工場跡の壁をフロッタージュしました。
戦時中の物資不足の中、至急で建設されたジルコン工場の壁には、
資材となったのでしょうか、
近隣の川底の砂に混じっていたと思われる物が混在しています。
川石、やきもの片。
手に触れるそれらに、
ピンクやグリーンの華やかな色を与えてから、
ジルコン工場の、そして理研の工場の壁であったコンクリートをなぞっていきます。

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2日間に渡る制作で生まれた大作は「ジルコン」と名付けられました。
それは、丸之内鉄之助への敬意であったのかもしれません。

石川町でのリサーチ・制作の2日目には、
岡部さんのフロッタージュによる表現の一番の理解者である
写真評論家・多摩美術大学教授港千尋さんが合流。
これまでの岡部さんの広島や北海道での活動の延長としての福島を
捉え直してくださいました。

また、石川町の教育長さんも、現場へ。
ジルコン工場跡による、
戦争教育を検討されていた教育長から、
強い理解と賛同をいただきました。

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ジルコン工場は、石川町の、福島の負の記憶かもしれません。
しかし、それは、その重荷に耐えつつ、
私たちに戦争の愚かさを伝えてくれています。
そして、この地に眠る鉱物の豊かさは、
人間とは全く異なる時間軸で作られた大地の偉大さを私たちに語りかけているのです。

(小林めぐみ)

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6月10日、飯舘村の記憶と記録プロジェクトの撮影リハーサルに飯舘村へ。写真家の岩根愛さんと飯舘村佐須の菅野宗夫さん宅へおじゃましました。はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトがいいたてまでいの会さんと協力して進めている「いいたてミュージアム」の一環です。

岩根さんはハワイの日系人コミュニティを取材するうち、かつて葬儀などの集合写真に使われていた360度カメラを発見、入手。震災後はハワイ日系人の祭礼で太鼓に魅せられた方たちの紹介で縁が縁を繋ぎ今は三春にアトリエを構えています。そのご縁は、はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトにもつながり、飯舘村の現状を360度カメラで捉えるべく今回のリハーサルとなりました。

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いいたてミュージアムでお世話になった村民の方たちの御自宅におじゃまし、周辺を一枚の写真に収めようという試みです。飯舘村の多くの方が土に親しむ暮らしを送ってきました。丹誠込めた田畑や日々親しんだ森や林が村の方たちの心を育みました。その姿を残したいと考えていたところに知った岩根さんの写真。
今後のいいたてミュージアムには村での暮らしを語る品々と一緒に岩根さんが撮影した飯舘村の写真が展示されるはずです。

それにしても田植が済んだ菅野さんの田と周りの山や森は初夏の陽光の中、なにもかもが輝いていました。東京電力福島第一原子力発電所事故はこんな美しい里も襲いました。菅野さんは飯舘村の再生のため大学はじめ様々な研究者と協力してデータの収集につとめています。正確な計測と情報発信が地域再生の第一歩と信じて行動する菅野さんの存在、そして菅野さんを取り巻く飯舘の野山と田畑、これを合わせ収めた岩根さんの写真を早く見たいものです。

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(川延安直)

岡部昌生フロッタージュプロジェクトが今年も始まりました。今年度第一回目のリサーチ、滞在制作も6月14日から25日までの長期間の充実したスケジュールです。スタッフが交替で岡部さんに同行しました。その様子を順不同でお伝えします。

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6月17日は大熊町で制作。写真家・美術評論家で岡部さんとのプロジェクトを数多く手がけている港千尋さんもご一緒です。同町内に設けられた復興拠点のプレハブに集合。ここからは同町教育委員会佐伯さん、大熊町の歴史文化を調査しているふるさと塾の鎌田さんたちと、昨年度末にリサーチした小塚地区の製炭試験場跡地に残された「捨石塚」に向かいました。
小塚地区の製炭試験場では戦前から戦後にかけて効率的な木炭生産法の研究・開発を行なっていました。農林省の管轄下、軍の関与もありましたが、戦後のエネルギー政策の転換とともに活動を停止しました。木炭が重要なエネルギー源とされていた時代があったのです。戦時中、試験場の職員は作業に当る前、近くの川で禊を行ない、そこで河原石を一つ拾っては塚に置いていったそうです。戦局が悪化する中、捨て身で作業するという気持ちだったのでしょうか。この塚には深く考えるべきことが積み重なっています。

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捨石塚でフロッタージュ作品を制作しました。この時の空間線量は1.82マイクロシーベルト。岡部さんの制作を何度かご覧になっているふるさと塾のみなさんもフロッタージュを残していました。今後町内の何ヶ所かで続けていくそうです。このプロジェクトの意味が地域の方々に広がっていくのはとてもうれしいことです。

捨石塚の後は大熊町の樹々の幹をフロッタージュしました。まずは小塚地区のモミの木とケヤキの木。漫然と眺めていては大差なく見える木の表皮は岡部さんのフロッタージュによって、みるみるその個性を現します。命に一つとして同じものはないことにあらためて気付きます。

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岡部さんが長年取り組んでいる仕事の一つが広島の被爆樹のフロッタージュです。今年はその作品群の展覧会が国内数カ所で行なわれる予定があり、そこに福島の被曝樹を加えたいと岡部さんは考えています。断腸の思いで故郷を離れた多くの人たちが福島にはいます。そしてその場を離れずずっと被曝し続けている樹々があります。この国はまた再び被曝樹を生み出してしまった。岡部さんが振るうチョークの一振り一振りにそのことの告発が込められているように思います。

この日最後に訪れたのは大山祇神社。境内に聳える杉の巨木は見事というより厳かというべき偉容です。うねりながら刻まれた樹皮の皺が天に登っていきます。岡部さんのフロッタージュがそのほんの一部を切り取りました。

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東京電力福島第一原子力発電所事故で失ったもののあまりに大きい大熊町。そこは、豊かな学びの場として再生する可能性を秘めた地であるように思います。

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(川延安直)