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2016年9月9日(金)・10日(土)
黒塚発信プロジェクトの公演「KUROZUKA 闇の光」が、安達ヶ原ふるさと村で開催されました。

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安達ヶ原の鬼婆伝説。
都の姫に使える乳母が、姫の病を癒すという生き肝を求め、安達ヶ原に流れ着く。
乳母は旅の女を殺し、念願の生き肝を手に入れる。
しかし、その女の懐中に乳母が見たのは、都に残してきた娘に渡したお守りだった。
悲しみのため、乳母は鬼女と化す。

この物語の底辺には東北という地が担わされてきた悲しみ、中央と周縁のテーマが流れています。

はま・なか・あいづ文化連携プロジェクトではこの物語をテーマに、トークイベントや映像作品の制作を行ってきました。
2014年「KUROZUKA 黒と朱」、2015年「KUROZUKA 黒と光」に引き続き、
今年は舞踏家の舘形比呂一主演で「KUROZUKA 闇の光」が制作されました。

公演の場所は伝説の地、二本松市の安達ヶ原。
日が沈み、開演前の緊張感が漂います。
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乳母のシルエットで物語は始まります。
(ただ、暗闇の中、フラッシュ撮影厳禁だったため、写真の精度に限界があることをご了承ください・・・。)
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老女、若い女、鬼女を、舞踏家はしなやかに劇的に舞います。
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一筋の光にさしのべられた手。
救いが暗示されて舞台は終わりました。

深い悲しみと怒り。東北の業。
舞踏家の身体はそれを体現し、見事に昇華していました。

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2016年8月31日(水)
夢の学び舎―なみえ学校プロジェクト―

現在、二本松市に避難中の浪江小学校。
その5年間の歴史を伝える取り組みとして、校舎の一画に博物館が設けられています。
名前は「ふるさとまるごと なみえ博物館」

その看板作りが行われました。
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夏休みの宿題として、みんなに考えてもらった看板の原案をもとに、看板作りがスタート。
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難しい漢字は5・6年生に、ひらがなは1~4年生に担当してもらいました。
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まずは下書きをして、それからクレヨンや色画用紙、色とりどりの布で文字を作っていきます。
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それぞれに創意が凝らされています。
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こちらは「ふるさと」チーム。
「ふ」と「さ」の地は一見黒く見えますが、驚くべき技法がほどこされています。虹色にぬった下地を黒で塗りつぶし、それをひっかくことで虹色が透けて見え、とてもきれい。
「る」と「と」は細かく切った布を貼り付けています。何枚も重ねられていて、とても厚みがあります。
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「なみえ」チームは、文字を書いた円の周りに、ちぎった和紙をあしらってお花のようにしました。
配色がしっかり考えられています。
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「博物館」チームは、難しい漢字をカラフルに仕上げてくれました。

それぞれの文字を土台に配置して、浪江らしいモチーフを加えていきます。
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そして完成!
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波しぶきを受けて、お魚が飛び跳ね、カモメが気持ちよさそうの飛んでいます。

震災から5年、低学年の子たちは、もしかしたら浪江の記憶はおぼろかもしれません。
それだけの時間、ふるさとが失われていたという事実を「ふるさとまるごと なみえ博物館」は伝えます。
今回作ってもらった看板は、博物館の展示の一つとして受け継がれていくことと思います。

2016年8月19日(金)
暮らしの記憶プロジェクト
美術作家・安田佐智種さんによるリサーチが進行中です。
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浪江町請戸で区長をつとめられていた鈴木さんを訪ねました。
鈴木さんは請戸で鈴木酒造店を営まれていましたが、現在は山形県長井市に移り住み、そこで新たに酒造りを始めています。
請戸での暮らしから、新しいスタートを切るまでに至ったお話を聞かせていただきました。

安田さんのリサーチは、かつて住んでおられた家の間取りを描いてもらうことから始まります。
そうだな・・・とおっしゃいながら、鈴木さんは懐かしむように愛おしむように間取りを描いてくださいました。
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震災前、直後、しばらく経た後のご自宅の写真を見せていただきました。
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写真を見ながら、鈴木さんは請戸での暮らし、海への思いを語ってくださいます。
正月の元日・二日は、初日の出と船の出初め式のため、酒店が一年で最も忙しい日であること。
子どもの頃は、毎日朝から晩まで海で遊んでいたこと。
海の事故が起きないように、海水浴場の運営と見回りをつとめておられたこと。

季節によって移っていく、海からの日の出。

鈴木さんのお母様は
「戦争の時でさえ、建物は残ったのに・・・」とおっしゃられたそうです。
何もかもを押し流した津波。
失われた暮らし。
その痕跡、記憶。
安田さんのリサーチと作品は、それらをすくい取り、アーカイブ化する作業です。

鈴木さんご一家は身一つで山形に移り住まれ、様々なご縁と協力を得て酒蔵を再開されました。
最初は山形の雪深さに驚かれたそうですが、今では雪室で保管するなど、新しい酒造りに挑戦されています。
酒造りは休みがない厳しい仕事だと、嬉しそうに語る鈴木さん。
夢は自前の雪室をもつこと、とおっしゃいます。

震災と、東京電力福島第一原子力発電所の事故によって多くを失いながらも、新たに紡がれていく暮らし。
磐城寿はその象徴のような酒です。
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